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スクラップ帳

村役場に保管されているかもしれない。
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ここみん迷宮4

 二十分もしない内に、私は家に戻りました。コストパフォーマンスの悪いプラスチックケースに包まれた食品と、1.5リットルのペットボトルを携えて。
 そうしてすぐに新たな問題点に気付きます。
 気付きましたが、まずは空腹を満たすのが先なので、暖めてもらったお弁当のラッピングを解き、口に運びながら、店員の物珍しげな視線が嫌だったなとか、もっと買い込んでおくべきだったかなどという後悔に余念を逸らします。相変わらず世界というやつは、後悔の浴槽に浸ったまま乾く気配もないのです。
 問題点は単純なものでした。
 この家が、この部屋だけで構成されている以上、生活に支障を来す不便さが生じるのは疑う余地もありません。
 差し迫っているものとしては、トイレと、バスルーム。
 人は新陳代謝を繰り返して生きています。時が流れれば、同じ分だけ古くなった細胞が捨てられていくのです。いわば人は毎日、自分自身と別れ続けているようなもの。……だとすれば取り残されるのは、新しく生まれる細胞の方?
 栄養を摂取したことで余裕のできた頭は、早くも現実を逃避する横道を歩き始めています。行き止まりなのは分かっていても。
 トイレに関してはコンビニにあるでしょうし、他の所にも探せば見つかるでしょう。けれど浴室は望み薄です。銭湯なんてものがこの村にあるかは怪しいし、あったところでとても利用する気にはなれません。私は今日、外に出たばかりなのですから。
 食事を摂っただけで、もうくたくたでした。考えることが多すぎて、何から手を付けていいのか分かりません。身体は自然とベッドに向かい、休息を取る姿勢になっていました。
 仰向けに横たわりながら、天井の質感が変わっていることに気が付きます。私の部屋のものは何一つ変わっていないのに、家を構成する素材はまるっきり別のものへと変貌を遂げているようでした。
 まるでこの部屋がひとつの生き物になって、私はその体内で暮らしている寄生虫みたいなものじゃないか、と、面白くもない比喩を考えて、気味の悪さに身を縮ませます。本当にそうではないと否定できる理屈が、どこにも見当たらないせいでした。
 本当はもっと足繁く、隅々まで村を散策するべきなのでしょうが、今の私は生まれたての小鹿よりも歩く力がありません。長らく使われていない筋力は精神とともに退化し、失われるのです。そして一度失ったなら、取り戻すには並大抵の努力では適わない。
 努力も力の一種ですから、努力の筋力が衰えてしまっている私には、もう成す術がないのです。そんなものがもし備わっているとしたら、こんな境遇に陥ってなどいないに違いないのですから。
 考えれば考えるほど無為な思索を続けてしまいそうなので、私は本棚から適当に文庫本を一冊引き抜き、活字を追うことでマイナス思考からの脱却を試みました。
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ここみん迷宮3

 おしまいにしたくても人生は続きます。
 誰しもご存じの事と思いますが、物事には順序や段階というものがあります。誰も暖めない卵がひとりでに孵って雛になり餌をとり成長し鳥になるといったプロセスはありませんし、何も放り込んでいない焚き火の中に焼き芋が転がっていたりもしません。
 私の両親は、そういった奇跡を信じているようです。無宗教の癖に、自分にとって都合のいいことだけは無条件で信じ込む。悪しき偏見に凝り固まった人種には、嫌悪感を覚えます。
 手紙からはいくつかの事が分かりました。
 まず、筆跡から手紙の書き手は母であるということ。
 ここはどうやら、ここみん村と呼ばれる地域であるということ。
 私の両親は大馬鹿者であるということ。
 重要なのは主に三つ目ですが、順序も段階も踏まえている私としては、まずは驚き、疑い、何度も手紙を読み返しては、嘆息の力を借りて現実を引き延ばします。
 突然みなしごになったからといって、ミツバチみたいにわんわん泣き喚いたり、親を探しに出かけたりなんかしません。だって彼らは私を見捨てたのだし、元より助けてなんてくれないのですから。
 こうなった以上、卑近な問題から片付けていくしかありません。解決できないような問題は取り組むこと自体に価値がないので、解決策のありそうなものから手をつけていくべきです。
 ともかく私は昨日から何も口にしていません。飢えと渇きが喉を締めつけて、唇もかさかさです。
 私は家に戻り、本棚を徹底的に調べました。J.D.Salingerの『倒錯の森』の間に挟まれていた茶封筒の中には、紙幣が数枚、威厳のある表情で佇んでいました。
 当面の生活費。
 当面って、いつまで?
 じわりと滲む疑問は捨てて、私は何年も前に編んだまま一度も着用していないニットキャップをタンスから取り出し、目深に被りました。風体の怪しさなんて気にしていられません。他人と正面から向き合って話すなんて恐ろしいことを、これからしなければならないのですから。
 目標地は、遠くに見えたコンビニエンスストア。長らく外を出歩かない生活をしていたせいで、いまいち距離感が掴めませんが、視認できるぐらいなのだからそう大した距離ではないはずです。
 陽射しの眩しさに目を細めながら、私は見知らぬ土地を散策し始めました。

ここみん迷宮2


 この世には覚醒剤というものがあるが、いったい何に覚醒しているのかというと、現実からの覚醒を指しているので、いわば現実の中に夢を取り込むようなものだ。つまり私たちは、毎夜眠りに陥るたびに覚醒の予行練習をしているのです。さあ、貴方も早く覚醒しましょう。
 と、夢の中で誰かに云われました。
 それが誰なのかはまったく分からないのですけど、現実はそう簡単に覚醒できるものではないと思います。たとえ覚醒剤と呼ばれるものを用いたとしても、現実のしつこさときたら、並のストーカーじゃ務まりません。
 いくら微睡んでも空腹には抗えず、私は外に出ることにしました。固唾を呑んでドアを開けば、昨日と同じ景色。鳥の鳴き声と草木のざわめき。燦々と降り注ぐ太陽の煌めきが、紫外線をまとって私の薄い肌を焦がします。
 この非常時にUVケアなんて考えてはいられません。考えたところでその手のものは浴室にあったはず。浴室どころか私の部屋以外の全てが消え去ってしまった現状、防備できるのは服だけでした。
 ドアから一歩踏みだそうとした瞬間、足下に靴が揃えられていることに気付きました。昨日は確かに何もなかったはずなのに。
 靴のサイズはぴったりで、オーダーメイドでもしたのかというぐらい、履き心地が快適です。裸足で外を歩き回るはめにならなかったのは幸いですが、疑問は増えるばかり。
 外に出て振り返ってみると、思った通りに家の外観は大きく様変わりしていました。取って付けたような赤い屋根と、ベージュ色の外壁。なぜか煙突まで付いています。まるで絵本の中に出てくる、童話作家の描いた家のようでした。
 砂利を敷き詰めてある歩道をよろめきながら行くと、公道らしき路との境目に、背の低い真っ赤なポストが設置されているのが見えます。
 中を覗くと、一通の白い手紙。
 宛名も差出人も書いてありませんでしたが、少しでも情報が欲しい私は、躊躇なく手紙の封を切りました。

『親愛なるキミサへ。
 私たちは疲れました。しばらく人生の休暇を取ります。キミサもそろそろ、一人で生きていくための準備を始めないといけないと思います。
 ここみん村は季候も良く、人口もあまり多くないので、人嫌いなキミサでもすぐに馴染めるでしょう。
 ここみん村の村長さんは、お父さんが昔とてもお世話になった方です。困ったことがあれば相談に乗ってくれるでしょうが、くれぐれも粗相のないように。
 当面の生活費は、本棚の間に挟んでおきました。それではまた、何かあれば連絡します。』

 こうして私は、みなしごになったのでした。
 おしまい。

ここみん迷宮

 私はそんなに寝つきがいい方ではありません。それどころか、寝入るまでに何時間もかかることも稀ではないし、そのおかげで生活時間帯もずれにずれています。
 外に出ない生活をしていると、自然と不摂生になっていきますし、それが当たり前の状態になってしまうので、今日は具合が悪いなあ、と思うことさえなくなっていきます。だって、具合のいい日なんてないんだから。
 私は昨日も時計を気にしない一日を過ごし、時刻を確認しないままに床に就きました。睡眠時間だけは平均よりも長く摂るようにしています。なぜって、夢の中の方が、現実よりも快適だから。
 そして、目覚めた今日。私はなんともいえない違和感を覚えました。部屋の内装も、置かれている家具も、棚に収まっている本も、何から何まで昨日と同じなのに、どこか決定的に違うものがあると、直感が訴えているように思えたのです。
 真っ先に疑ったのが、身体の不調でした。
 たとえ毎日のように調子が悪いにしても、グラフが横ばいならばそれが平常です。だから私の身体がより一層、具合を悪くするための坂を下り始めたのであれば、その兆候を不穏なものとして察知してもおかしくはないな、と考えたのです。
 けれど違和感の正体は全くの別物でした。普段なら決して引く気になれない遮光カーテンの裾を掴み、隙間から外を覗いてみた私の目に飛び込んできたのは、鼠色のマーカーで塗りつぶしたような見慣れた町並みではなく、まるで見覚えのない、鮮やかな緑地が広がる山林風景だったのです。
 私はそっとカーテンを元に戻すと、その場にへたり込みました。安直に夢だと言い出すような真似はしません。夢ならば現実よりも快適なのですから、現状にはまったく当てはまりません。頬をつねるまでもないし、他にするべきことはいくつもあります。
 よろめきながら立ち上がり、ドアノブへもたれかかるように手を伸ばします。
 不本意ですが、家族に相談するしかありません。たとえ一月の会話時間が、電子レンジの使用時間よりも短い親子関係だとしても、こうした異常事態には互恵関係を築かざるを得ません。彼らの娘というだけでこんなにも骨身を削って生きているのですから、親として、正しい対応に腐心してもらうのは当然のことです。
 私はドアを開いた姿勢のまま、彫像のように凝固しました。
 視界に映りこんできた光景。
 それは、左右に伸びたフローリングと真っ白な突きあたりの壁ではなく、申しわけ程度に舗装された砂利道と、点在する電信柱。遠くには展望台らしき建築物や、コンビニエンスストア。人家らしきものも見えます。
 ざっと二十秒はそうしていたでしょうか。私はドアを閉じて、ベッドに横たわりました。
 私はそんなに寝つきがいい方ではありません。現実を夢だと信じるような馬鹿な真似はしませんが、現実が夢を否定するというのなら話は別です。もう一度夢を取り戻して、現実を否定し返してやるのです。でなければこの仕打ち、堪えられたものではありません。
 だから私は瞼を閉じて、好きな歌を口ずさんで時間をやり過ごしました。時間が夢を私に落とすまで、いつまでも。

車椅子おじさん

 帰宅途中のことだった。
 車椅子に乗った中年の男性が、コンビニの前で煙草をふかしているのを見かけた。膝元には大きな鞄を抱えている。
 アンバランスな光景に思えて、つい長く見つめてしまったらしい。男性が話しかけてきた。
「やぁ、君。ちょっといいかな」
「あ、はい」
「少し椅子を押してもらえないかな。あそこの展望台まで連れていってくれ」
 初対面なのに、妙になれなれしい口調ではあった。時間がないわけではなかったので、素直に頷く。
 展望台までは問題なく辿り着いたが、だんだんと傾斜がきつくなり、押すのが大変になってきた。
 すると、男性が唐突にすっくと立ち上がり、鞄を持ったまま平然と先を歩き始めた。
「え?」
「驚いたでしょう」
 男性は振り向くと、にやりと笑う。
「歩けるんですか」
「歩けるんですよ。至って健康です」
 男性はおどけた様子で、片足をあげてみせる。
 騙された、という気持ちよりも、なぜこんなことを、という疑問の方が大きかった。
「歩けるのに、どうしてこんなことを」
「乗りたかったんですよ」
「健常者でも、車椅子に乗れるんですか?」
「もともと資格なんていりませんからね。こいつは」と、車椅子のフレームを愛おしげに触り、「自作したんですよ。工作は得意ですから」
 僕はただ唖然とするしかない。男性は気にした様子もなく、車椅子を傾斜のない場所まで押していった。
「電動車椅子ってね、高いんですよ。何十万から何百万もするんです。レンタルなら安いですが、審査がありますからね」
「はあ」
 男性はふっと息を吐くと、背中を手すりに預け、妙に芝居がかったポーズを取った。
「車椅子に乗っていると、みんな私に優しくしてくれるんですよ」
「…………」
「優しい嘘は許される、って言うでしょう? これがまさにそうです。私に優しい嘘。今まで辛い嘘ばかり吐いてきた私には、優しい嘘を吐く権利があるんです。そう思いませんか?」
 脈絡なく、身の上話が始まってしまった。
「えっと……よくわかりません。でも、なんでそれを僕に話すんです」
「そりゃあ、誰か一人ぐらい、本当のことを知っていて欲しいからです。互いに名前も連絡先も知らない、一期一会。私は旅行でここを訪れただけですし、もう二度と会うこともないでしょう。だからこそ話したんです」
 なんだかよく分からないけれど、あまり気分はよくなかった。それでも、この場で詮索してはいけないような気がした。
「どんな嘘でも、騙し通せば本物になる。そう思いませんか?」
「嘘は、嘘です」
「あなたにとってはね」
 僕は展望台を後にした。
 身の危険、と呼べるほど差し迫ったものではなかったかもしれない。それでもどこか危うげな気配が、男性からは漂っていた。
 でもきっと、二度と会うことはないのだろう。彼の言ったことが本当であるのなら。

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