この世には覚醒剤というものがあるが、いったい何に覚醒しているのかというと、現実からの覚醒を指しているので、いわば現実の中に夢を取り込むようなものだ。つまり私たちは、毎夜眠りに陥るたびに覚醒の予行練習をしているのです。さあ、貴方も早く覚醒しましょう。
と、夢の中で誰かに云われました。
それが誰なのかはまったく分からないのですけど、現実はそう簡単に覚醒できるものではないと思います。たとえ覚醒剤と呼ばれるものを用いたとしても、現実のしつこさときたら、並のストーカーじゃ務まりません。
いくら微睡んでも空腹には抗えず、私は外に出ることにしました。固唾を呑んでドアを開けば、昨日と同じ景色。鳥の鳴き声と草木のざわめき。燦々と降り注ぐ太陽の煌めきが、紫外線をまとって私の薄い肌を焦がします。
この非常時にUVケアなんて考えてはいられません。考えたところでその手のものは浴室にあったはず。浴室どころか私の部屋以外の全てが消え去ってしまった現状、防備できるのは服だけでした。
ドアから一歩踏みだそうとした瞬間、足下に靴が揃えられていることに気付きました。昨日は確かに何もなかったはずなのに。
靴のサイズはぴったりで、オーダーメイドでもしたのかというぐらい、履き心地が快適です。裸足で外を歩き回るはめにならなかったのは幸いですが、疑問は増えるばかり。
外に出て振り返ってみると、思った通りに家の外観は大きく様変わりしていました。取って付けたような赤い屋根と、ベージュ色の外壁。なぜか煙突まで付いています。まるで絵本の中に出てくる、童話作家の描いた家のようでした。
砂利を敷き詰めてある歩道をよろめきながら行くと、公道らしき路との境目に、背の低い真っ赤なポストが設置されているのが見えます。
中を覗くと、一通の白い手紙。
宛名も差出人も書いてありませんでしたが、少しでも情報が欲しい私は、躊躇なく手紙の封を切りました。
『親愛なるキミサへ。
私たちは疲れました。しばらく人生の休暇を取ります。キミサもそろそろ、一人で生きていくための準備を始めないといけないと思います。
ここみん村は季候も良く、人口もあまり多くないので、人嫌いなキミサでもすぐに馴染めるでしょう。
ここみん村の村長さんは、お父さんが昔とてもお世話になった方です。困ったことがあれば相談に乗ってくれるでしょうが、くれぐれも粗相のないように。
当面の生活費は、本棚の間に挟んでおきました。それではまた、何かあれば連絡します。』
こうして私は、みなしごになったのでした。
おしまい。
PR