サユリさんは、ここみん図書館の館長だ。
小さな図書館だけれど、職員は五名もいる。そのうち三匹は猫だけれど、館長は種族差別をしない主義なので、彼らも立派な職員だ。
職員猫達は、猫用に縫製された腕章を付けている。これがないと、ただの猫と勘違いした利用者が、職員の頭や背中を撫でまわしたり、お菓子を与えたりしてしまうためである。
もちろん職員といえども猫は猫なので、業務内容は基本的には寝るだけだ。
整然と並んだ本棚の上には、職員猫専用の寝転がりスペースがあり、そこで職員猫達は自由に寝そべって、うたた寝をする。ただの猫とは違い、本棚で爪を研いだり、本棚を倒して収まっている本をぶちまけたりといった不作法もしない。立派な職員である。
サユリさんは、そんな職員猫達の世話をしながら、図書館の掃除をする。小さな図書館とはいえ、本棚ひとつひとつに溜まった埃を落とすのは骨の折れる作業だった。
ある日、職員猫の一匹であるウィスキーが、サユリさんの足下にやってきて、にゃあと鳴いた。
サユリさんは時刻を確認する。
食事の時間ではないし、普段ならば猫達は昼寝をしている時間帯だった。
もう一度ウィスキーを見つめると、再びにゃあ、と鳴いた。
サユリさんは、猫ではない職員の大塚さんを呼んで、残りの職員猫の様子を見てきて欲しいと伝えた。
大塚さんは、職員猫とのコミュニケーションに自信がなく、端的にいえば図書館の職員は人だけにするべきだという考えを持っていたが、館長にはその事を話したことはない。小心者だった。
小心者の大塚さんは、所定の位置にいるはずの職員猫を確認して、戻ってくる。
「どうだった?」
「ラムはいました。シードルがいません」
職員猫の名付け親はサユリさんで、彼女は無類のお酒好きだった。命名に関して、大塚さんは少しだけ職員猫達に同情しているが、職員猫達は個体名にこだわったりはしないので、特に問題は生じていない。
シードルは、三匹の職員猫の中で最も年長の、お爺さん猫だった。長い口ひげが白髪になっているのが特徴的で、利用者の中には「長老」や「師匠」などと呼んだりする人もいる。
図書館中を探したが、シードルは見つからない。サユリさんは、業務を大塚さんに任せて、図書館の外へ探しに出かけた。
コンビニ、神社、展望台。年寄り猫のシードルが、そう遠くへ行くとも思えない。
近所をあらかた探し終えても何の手がかりもなく、サユリさんは肩を落として図書館に戻った。もうすぐ閉館の時間だった。
「あ、館長」
閉館の準備をしていた大塚さんが、サユリさんに声をかけた。
「シードル、戻ってきましたよ」
「本当? よかった……」
シードルは、お気に入りのフランス文学の棚の上で、ごろりと横になっていた。
なんでも、頭にシードルを乗せて図書館にやってきた青年がいたらしい。なぜ頭に乗せていたのかは分からないが、無事に戻ってきたのは何よりである。
「あの、館長」
「なぁに?」
今回の失踪事件を機に、大塚さんは勇気を出して、猫の職員ばかりというのは、やはり問題があるのではないか、という意味の言葉を口にした。
サユリさんは確かにその通りね、と頷いた。
「猫だけじゃなく、犬にも雇用の機会を広げるべきと思っていたところよ」
大塚さんは、やはり小心者なので、それ以上の指摘はできなかった。館長にはどうにも適わない。
ここみん図書館は、本日もつつがなく業務を終了し、閉館した。
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