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スクラップ帳

村役場に保管されているかもしれない。
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車椅子おじさん

 帰宅途中のことだった。
 車椅子に乗った中年の男性が、コンビニの前で煙草をふかしているのを見かけた。膝元には大きな鞄を抱えている。
 アンバランスな光景に思えて、つい長く見つめてしまったらしい。男性が話しかけてきた。
「やぁ、君。ちょっといいかな」
「あ、はい」
「少し椅子を押してもらえないかな。あそこの展望台まで連れていってくれ」
 初対面なのに、妙になれなれしい口調ではあった。時間がないわけではなかったので、素直に頷く。
 展望台までは問題なく辿り着いたが、だんだんと傾斜がきつくなり、押すのが大変になってきた。
 すると、男性が唐突にすっくと立ち上がり、鞄を持ったまま平然と先を歩き始めた。
「え?」
「驚いたでしょう」
 男性は振り向くと、にやりと笑う。
「歩けるんですか」
「歩けるんですよ。至って健康です」
 男性はおどけた様子で、片足をあげてみせる。
 騙された、という気持ちよりも、なぜこんなことを、という疑問の方が大きかった。
「歩けるのに、どうしてこんなことを」
「乗りたかったんですよ」
「健常者でも、車椅子に乗れるんですか?」
「もともと資格なんていりませんからね。こいつは」と、車椅子のフレームを愛おしげに触り、「自作したんですよ。工作は得意ですから」
 僕はただ唖然とするしかない。男性は気にした様子もなく、車椅子を傾斜のない場所まで押していった。
「電動車椅子ってね、高いんですよ。何十万から何百万もするんです。レンタルなら安いですが、審査がありますからね」
「はあ」
 男性はふっと息を吐くと、背中を手すりに預け、妙に芝居がかったポーズを取った。
「車椅子に乗っていると、みんな私に優しくしてくれるんですよ」
「…………」
「優しい嘘は許される、って言うでしょう? これがまさにそうです。私に優しい嘘。今まで辛い嘘ばかり吐いてきた私には、優しい嘘を吐く権利があるんです。そう思いませんか?」
 脈絡なく、身の上話が始まってしまった。
「えっと……よくわかりません。でも、なんでそれを僕に話すんです」
「そりゃあ、誰か一人ぐらい、本当のことを知っていて欲しいからです。互いに名前も連絡先も知らない、一期一会。私は旅行でここを訪れただけですし、もう二度と会うこともないでしょう。だからこそ話したんです」
 なんだかよく分からないけれど、あまり気分はよくなかった。それでも、この場で詮索してはいけないような気がした。
「どんな嘘でも、騙し通せば本物になる。そう思いませんか?」
「嘘は、嘘です」
「あなたにとってはね」
 僕は展望台を後にした。
 身の危険、と呼べるほど差し迫ったものではなかったかもしれない。それでもどこか危うげな気配が、男性からは漂っていた。
 でもきっと、二度と会うことはないのだろう。彼の言ったことが本当であるのなら。
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