柔らかい棘が、ゆっくりと胸に刺さる感触があった。なぜ柔らかいかというと、痛みを感じないからだ。
起きてみれば、夢だと気付く。
かなしいわけでもなく、苦しくもない。汗ばんでいた額を手の甲で拭い、まぶたをうっすら開く。
覚醒しても痛まない身体。安全な場所。
ベランダから注ぐ強い陽射しから逃れるように、彼女は寝返りを打った。
すぐ傍に、人の息づかい。
姿を確かめるつもりはなく、音だけをぼんやりと耳にしていた。
「――夢の中で、寝てたわけだ」
「ふうん」
「で、起きた。そしたら、それも夢だった」
「あ、そう」
ぱらり、と紙がこすれる音。
「つまり夢見ている夢を見ていたのが夢だった、ってことな」
「ややこしくてよく分かんない」
「現実が夢だったら、なんてことはよく言われるけどさ。目覚めてみても、それすら夢の一部だったら馬鹿馬鹿しいと思わねえか?」
数秒間の沈黙。
生返事を繰り返していた声が、身じろぐ気配。
「現実は夢みたいにぼんやりしてるわけじゃないし、すぐ分かるだろう」
「寝てる間は気付かないこともあるだろ。頬をつねってみても痛い夢ってあるし」
頭を通り抜けるだけで、理解まで辿り着かずに雲散していく会話。
痛い夢、という言葉が、一度だけ耳の奥で反響した。
「……それだったら、目覚めるまでは現実と変わらないってことだよね」
「まぁ、そうだな」
「だったら扱いとしては、っていうか本人の意識としては、目覚める直前までは現実そのものと言い切っても問題ないってことにならない?」
再び沈黙。
パチ、と硬いものが弾ける音と、かすかな甘い香り。
誰かの喉が鳴った。
「目覚めた直後に夢と区分される現実に生きてるかもしれない俺たち、っていうホラー映画はどうだろうか」
「怖すぎるね。そんな夢」
痛みがなければ、夢でもいい。
足も腕も頭も、溶けてゆくように眠かった。
ゆるんでいくままに任せて、日向の影に宿ったまどろみは続く。
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