静かな休日の夕暮れどき。
コンビニに寄った帰り道で、大きなトラックが停車していた。運転手と思しき男性が、しきりに手を叩いて人寄せをしている。でもまわりには誰もいない。
男性はこんな風に喋っていた。
「奴隷いかがすかー、取れたて新鮮なみずみずしい奴隷、いかがすかー」
目深に帽子を被り、丸いサングラスをかけている。見るからに怪しい。町内中の怪しさをかき集めてもこうはならないだろう、というぐらい怪しい。
それなのに僕は声をかけた。
「あのー」
「へいらっしゃい。初めての人はお安くしとくよ」
「いやあの、奴隷って聞こえたんですけど、奴隷って?」
「奴隷は奴隷だよお客さん。ほら、トラックの後ろにいるだろ一人。今日はだいたい売れちまってもうあれしかないが、最後だし安くしとくよ」
覗き込むと、確かに子供が一人、トラックの荷台に座り込んでいた。まっとうな日本人が、生涯で人身売買の現場に遭遇できる機会は、たぶんあまりない。お得といえばお得だった。
「法律的に大丈夫なんですかこれ」
「何いってんだいお客さん。成人男子たるもの、奴隷の一人や二人いないことには職場で馬鹿にされる時代ですよ」
いつの間にそんな時代が来ていたのだろう。
「で、買うのかい、買わないのかい」
「買わないとあの子、どうなるんですか」
「まぁ他の客に買われるか……つっても今日はもうあんたで最後かな。売れ残れば処分だよ処分。野良犬と同じ。眠らせて、燃やして、埋めるのさ」
「酷いですね」
「おっと、そいつは禁句だ。この店にいる間、その言葉だけはいっちゃいけねえ。生きるための純粋な仕事と、物事の残酷さは、同居させちゃならねえ。わかったか坊主」
「…………」
「さ、買うのかい、買わないのかい」
現実離れしすぎた現実に直面すると、人は逆に冷静になる。というか、冷静になったふりをする。
なんだかよくわからないまま、僕は奴隷を買ってしまった。
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