わたしは、23番でした。前の人は17番で、後ろの人は25番でした。
17番の人とは少し話をしました。あまり大きな声で話すと、黒いメガネの人に怒られるので、小さな声でお話をします。
17番の人は、ここに来る前はずっとお家の中にいて、外に出ることもなかったといいます。毎日ずっと部屋の中ですごして、本を読んだり、音楽を聞いたり、窓の外をながめたり、字を書いたりしていたそうです。
「食べものは?」
「……お母さんが、用意してくれた」
トイレとお風呂以外は、部屋から出ることもなかったといいます。
わたしは、17番の人のように、売り物にされるまえのことを覚えていません。思い出せないのが、とても不安です。
25番の人は、話しかけても答えてくれませんでした。17番の人が言うには、誰かにひどいことをされたから、話すこともイヤなのだろうということです。
イヤなことは、人に話したくはならない。良いことは、話したくなる?
「話し相手が、いるならね」
17番の人は、笑います。笑うのに、あまり楽しくなさそうです。
わたしたちは大きなトラックの後ろに乗せられて、町から町へと旅をしました。旅っていうのはもう少し楽しいものを指すんだよ、と17番の人はいいました。
「楽しいものってなに?」
「気分が悪くならなくて、苦しいこととか、辛いことを忘れられるようなもののことだよ」
だったらわたしは、ほとんどのことを忘れてしまっているのだから「楽しいもの」かもしれません。
とある町で、25番の人が売れました。
黒いメガネの人は、お客さんを相手にするときだけ、とても嬉しそうな顔になって、どれだけわたしたちが役に立つかを説明します。ときどきは怒って、ときどきは優しくなります。たまに誰かと電話をするときは、顔も見えないのにぺこぺこと頭を下げます。そのすがたは少しだけ「楽しいもの」じゃないかという話を、わたしと17番の人はしました。
雨がふると、わたしたちの上に、大きな青いシートがかけられます。風邪をひいてしまうと、なかなか治らなくて売りづらくなるし、そのまま死んでしまうこともあるからだ、と黒いメガネの人は説明しました。でも寒さはあまりしのげません。
ふと気がつくと、トラックの中にカタツムリが一匹、迷いこんでいました。
わたしは外に逃がしてあげようと思いましたが、トラックは走っていたので、しばらくそのまま見つめていました。
「カタツムリのからが、いつも汚れてないわけを知ってる?」
17番の人がそう聞いてきたので、わたしは首を横にふりました。
「からの表面に、きれいに整ったくぼみがたくさんあるから、セッチャクメンセキが少なくなる。そのおかげでくっ付いたゴミや汚れを、雨で洗い流すことができるんだ」
セッチャクメンセキ、というのが何なのかよくわからなかったけど、カタツムリのからがきれいな理由はわかりました。17番の人は、物知りです。
エスカルゴって美味しいのかなあ、と言って、17番の人はいつもより楽しそうに笑いました。
その日の夕方に、17番の人が売れました。
黒いメガネの人が詳しい説明をするまえに、たくさんのお札を差し出すと、その女の人は17番の人を引きずるようにして、連れていきました。
わたしは話し相手がいなくなったので、カタツムリを逃がしてあげるのをやめることにしました。
雨のふる日が少なくなってきて、カタツムリはからの中に閉じこもってしまいました。17番の人みたいだな、と思いました。
何日かして、新しい人たちが何人か、トラックに乗り込んできました。また番号がふりわけられましたが、今度はみんな声も出しません。きっとイヤなことがあったのでしょう。
おまえは見た目は悪くないのに、どうして売れないんだ、と黒いメガネの人がイライラした感じで言いました。
晴れの日がずっと続いて、カタツムリはまったく動かなくなりました。雨がふらなくなっても、からはきれいです。もらった飲み水をカタツムリにかけてみたけれど、動きませんでした。
ある朝目覚めると、カタツムリのからがバラバラに割れて、中もつぶされていました。わたしは、28番の人のくつの裏に、からの破片を見つけました。
その日の食事は、わたしが28番の人の顔を叩いてしまったので、なしになりました。ちょうどお腹も空いていなかったので、べつにいいと思いました。
次の町でもわたしは売れ残って、みんなあっという間に売れていきました。
夕方になって、まわりに誰も人がいなくなっても、黒いメガネの人は大声で人よせをしていました。わたしは、今日も売れ残るんだろうと思っていました。
だけど、ふらりとやってきた男の人が、しばらく黒いメガネの人と話しこんでいたかと思うと、わたしの顔を覗きこんでこう言ったのです。
「君、僕に買われても平気?」
笑っているのに、おもしろくなさそうな顔。
なんだか少しだけ、17番の人に似ているな、と思いました。
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