彼は今日も熱心に、眠り心地のいい穴蔵で研究を続けている。
研究内容は、助手の私にも知らされていない。
それなのに助手が務まるのは、基本的に食事の調達と話し相手、それからたまに勝手に外へ出ていこうとするのを殴って止める役割を「助手」と呼んでいるに過ぎないからだ。
ガラクタだらけの研究所を出ていけば、外は一面の銀世界。雪なんて冷たいだけだから、暖かい南国にでも住みたい。と、冬の間は思うけれど、夏になれば北国が恋しくなる。その時々で思うことも感じることも変わってしまう。人間ほど、心変わりの激しい生き物はそういない。
「人間以外の生き物を羨むのも蔑むのも、人間だけの特権なんだ」
と、得意げに彼がつぶやいていたのを思い出す。
彼はいつでも得意げだ。誰からも賞賛されていないのに、誰の心にも響いていないのに、何の役にも立たないのに、自信満々に歌いあげる。ただひとつの情熱さえあれば、後は何もいらないとでもいうように。
村にある唯一のファストフード店に立ち寄ったが、ケーキはおろかチキンすらメニューになかった。私自身、クリスマスらしさを求めるほど無邪気な季節は過ぎたけれど、彼は「らしさ」をとても好む。正月には餅を食べたがるだろうし、二月の中旬にはチョコレートを欲しがるだろう。研究所に閉じこもっているのに、季節の変化には敏感なのだ。
仕方なくショッピングモールまで足を伸ばして、セール中のクリスマスコーナーを一通り眺めた。カラフルなプラスチック容器に保護された食品は、食欲を減退させる効果があるように思える。赤い値引きのシールがべたべたと貼りつけられていれば、なおさらだ。
綺麗なお皿に盛りつければ、見栄えも回復するでしょう。と、天気予報士になったつもりで唇を動かせて、私は研究所に常備されている食器類を頭の中で並べていく。皿まで買うとなると、経費で落ちるのかどうか。
会計を済ませ、研究所に戻る道を歩いていると、兄妹のような男女が二人、熱心に大きな雪だるまを作っているのを見かけた。
明らかに男の方が一回り年上で、女の子に付き合ってあげているのだろうな、と初めは思った。けれど立ち止まって眺めている内に、どうも二人とも競うようにして雪だるまを作り上げていることに気が付いた。
微笑ましいなと思ったけれど、いびつな雪だるまの顔面部分が崩れ落ちて、中から人間の顔が露出したときには、思わず声をあげてしまった。
雪だるまにされていた青年は、寒さを微塵も感じていないように、にやにやと笑みを浮かべ、雪で固められた身体を動かし始めた。
いじめの現場というわけでもなさそうだ、と判断し、私は帰路に着く。
「所長、お食事です」
「お、ありがとう。ローストチキンにショートケーキ! まさにクリスマスだね。ワインはないのかい?」
「買ってませんから」
「風情のないことだ」
所内でのアルコールは禁止されている。まるで酒好きのように振る舞ってはいるが、実際のところ彼は、酒を口にしたことがあるのかどうかも怪しかった。
私は、雪が積もっていることを伝えるかどうか、少し悩んだ。
また外へ出ようとするのなら、話すべきではない。それでも、無邪気にクリスマスを満喫している所長の姿を見ていると、口にせずにはいられなかった。
「所長」
「なんだい。イチゴはあげないよ。断固として死守させていただく」
「外は、雪が降ってました」
「へえ」
意外にも、彼の反応は淡泊だった。ケーキを口に頬張りながら、ノートに何事かを書き込んでいる。せっかくお皿を用意しても、手元を見ていないので、ぼろぼろと椅子の下へこぼしてしまっていた。彼に食事中のマナーを説くのは無駄なので、何も言わない。
私は、自分用に買ってきたサンドイッチの包装を解き、メリークリスマス、と念じてから口に運んだ。
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